平成15年9月21日 その3 

 禁断の木の実を食べるとは

 思考は悪波動であるから、意識体波動は消えた方が良いのです。 意識体波動がある時はいかなる病気も治らないのです。 病気は悪想念、思考をやめた時に治るのです。 禁断の木の実を食べたということは、他人のことについてあえこれ考え始めたということです。 自分の考えで他人の行動を測ろうとしたのです。 それぞれの人が自由に考え、行動する権利をもっています。 自分の意見を述べることは良いが、自分の主張で他人の考え、行動を束縛するのはやめましょう。 親子、夫婦であってもです。 人間として正しく生きようとしても、このことを実行するのは無理です。 我は意識なりにならないとできないのです。 いまだかつて、我は意識なりに到達した人は、いなかったのです。 思考が悪であるとか、意志体はない方が良いなどと教える人は、古今東西いなかったのです。 私だけがそのように話しているのです。 そして私を無条件に信じた人は癌がなおっているという事実があるのです。 野島医院の患者さん以外に、歴史的にみても癌が治った人はいないのです。

 マインドコントロールされている人でも私を救世主と思った人は、癌が消えます。 宗教を信じていなくても、私を救世主と思い癌が一時消えた人もいます。 意識波動が出ているのではないから、癌は治ってはいないのです。 宗教をやめるのではないので、まちがった生活にもどり、再び癌が現われます。 意識と意識がつながっているから、人を批難してはいけないのです。 人を批難すると自分の肉体に変化が出てきます。 このことを学んでいないと、いやなことがおきたり、いやなことを聞いたり、言われたりして反応をおこすようになります。 又、癌が現われてくるのです。

 癌以外の病気も同じです。我は意識なりの生き方、考え方をするようになると、まわりから影響を受けなくなります。 他人は他人です。 自分は自分です。 我は神なりの自分は、意識がつながっていることを知っています。 まちがったことをすると、自分の体に変化が出ることを
察知できます。 病気がおこるのを未然に防ぐことができるようになります。 十秒以内には人を許すことができるようになります。 自分のできることを出し惜しみすることもなくなります。 例え、かつて自分に害を加えた人であっても、その人のためになることができたら、あったら、考えることなしにしてあげるでしょう。 してあげることがあるのにやらないと良心がうずきます。 それがいやだから、するのです。 結果的には、自分の体を守るために、人にやさしく、思いやりをかけているのです。

 禁断の木の実をこれからも食べますか。 禁断の木の実は、渋く、苦いのです。 食べると体は硬くなります。