平成17年6月22日 

 愛知県 A・Kさんからのお手紙

先生の本に納得していたので、6月*日(初めての日)は午前中からワクワクしていた。

 治療後、首の痛みが嫌で、一瞬先生にムッとしてしまう。
「悲惨な人生ですよ。」 「でも自業自得ですね。」 と言われて、こんな痛みを受けて、自分が悪いんだなどと言われるなんてと思って少し涙が出るが、何も気にせず。 

 昼寝をした時、いつもよりも、緩やかな調子で仰向けに寝る。夕飯の頃、幸せでおいしくてこんな良い日はないと感じる。指圧を受けた時は、痛くて仕様がなく背中に汗をびっしょりとかく。 
 6月*日(初めての日)の時は、先生に母のことを「我がまま」と言って心がスッとしたけれど、心の中でスッキリしただけで体の中では、別に我がままでも許せる気がすると思った。他の人に対しても。 
 夕食の時、兄と色々な話をし兄のことがよく分かり、あれ? と思う。また昔、ボランティアで行なっていたY学園という知的障害児童施設の主任と対立したことについて、兄が私のために主任は私に厳しかったと言われ、納得した感じはなかったけれどそのことが心に気になる。お風呂に入った時、その主任のことを祈れるといいなと思った。 
 
 病院に入った頃は、看護婦さんも野島先生も怖かったし、自分にとっても不安で、化粧の上手な年下の女の子を見て劣等感や、あの子は顔だって綺麗なんだしと、ひがんだことを思っていたけれど、次の日になったら、(午前中すぐ) そのこの方が私より憐れに思う。私はとても自由だし、とても楽だし、化粧なんかしなくても、大丈夫って思った。 

1・ 靴の中に入っている砂など、今まだは砂が入ってることも気付かずにいたのに、砂が入っていて、居心地・悪い・不快感を初めて感じ、靴は洗わなきゃなと思う。 

2・ 外のトイレでは、大ができない私なのだけれど、大がスッキリ出来る。 いつもは、自宅のトイレに入ってやっても、いつもスッキリ感のない出かたで終わるけれど、今日はお腹の中のうずうずと重たい部分を全部出しきった気分だった。 久しぶりに下痢?と思ったぐらい、便意をはっきり感じる。こんなにはっきり感じたのは、3年以上も前。

3・ カルシウムヨーグルトがまずいとさえ思った。午前中一杯は、あれこれと体を動かし、椅子(丸椅子)を手でぐるぐる回したり手足ののばしてブラブラさせたり、体を横にねじったりするたびに楽しくて、気持ちよくて、体の全部が動くたびにとても気持ちがいい。目を上下左右に動かしたり、ダラダラした、疲れが全くなく、体を動かすたびに、全ての神経が繋がっているような感じで楽しかった。そのため、待合室では、やりたい放題に動き、やりたい放題思いっきり体を動かしたり、はしたないことをして喜んでいた。唯一、昨日と同じ痛み(首)を同じ左側でやられたらどうしようという不安だけあった。体が伸び伸びと自由になって行くのを、とても嬉しく思っていた。 

 お昼初めて野島医院の御飯を食べる。 

 2度目の診察を受けた時は、首の右側で昨日と同じようなツボのところは痛くなく。肩に近いあたりが、痛かったけれど、今日はもう終わっちゃったの?と思った。(昨日は、終わったすぐは、耐えればいいのと、その時は嫌で嫌で仕方なかった。)

 ホテルに帰って来て気が付いたことは疲れが全くないことです。昨日までは、ホテルの両隣りにいる人 (いるかどうかも分からないのに、もしいるかもと考えるだけで考えるだけで疲れてしまっていた。 )がとても気になっていた。でも、現在は全く気にならない。 不思議な程気が付かない。この疲れが取れて、完全になくなならないことに、いつも不快だったし、取るために、音楽を聴いたり、おいしい物を沢山食べたり、睡眠時間を長くしてり、昼寝をたっぷりとったり、していたけれど、どれをやっても疲れがとりきれなかった。 その疲れが今は全くない。 

 ・ 音楽に心が動く。 揺れる。 
 ・ 頭で全てを考えていて、音楽を聴いていた。(頭で)けれど、頭のカチカチが取れて。
 ・ 母が嫌味を言っても、今までは全く何も気付かなかったけれど、今日はきちんとしゃくに触った。
 ・ こんなに体の調子が良くなったのは、子供の時以来である。 
 ・ 何をやっても楽しい。
 ・ 人のことが全く気にならない。 
   今までは人が自分のことを心配していると、一緒になって心配になっていて、どうしようもなかったけど、今は、人が自分をどんなに心配していても 《勝手に心配しといて》 《私は幸せだから》 という気持ち。 
 ・ いつもなら、お風呂にでた後、顔に塗るクリームの量がちょっと多かったり、ちょっと少なかったりするだけで、いちいち気にして不快だったけれど、今は別に大量に出してしまっても「ま、いいや。」 といい加減ではなく、何も引っかかってこない。 
 ・ 何の不足も感じない。