平成17年7月29日 

 熊本県 T・SさんからのEーメール

 熊本のSでございます。

 母へのW遠隔 有り難う御座いました。

 25日の危篤状態から2日間で4度の遠隔を戴き小康状態でしたが、27日の午後2時過ぎ残念ながら亡くなりました。

 母に取りまして 野島先生に治療して戴いた事は、人生最大の喜びだったと思います。

 私に取りましても、永らく疎遠になっていた私が病院で一夜母と二人きりで過ごせた事で、悲しいことながらモヤモヤしたものが取れて、晴れ晴れとした気持ちで居ます。

  子供時代を終戦前後に過ごした私は母に充分甘えられず、高校卒業後も三人兄弟の内一人親元を離れましたことも、元来甘えん坊の私にとっては甘えのモヤモヤがずっと後を引いたように思います。

  また 三人兄弟での扱いで親に対して不公平感を持っていました。

  その他、親の期待に応えられなかったという負い目の様なものがありました。

この様なことで素直に親の見舞いにも行けませんでしたが、母は(又は先生は)危篤という手を使って私を呼び寄せました。

 母の前では単なる母と子でその他の何ものでもなく、遠隔の時母の頭を両手で抱き、額と額を付けて 只ただ素直に甘え謝ることが出来ました。

 意識の混濁状態の母は私が声を掛けると言葉にならない声を出し、目は私の姿を追って反応しました。そして荒い息は私の顔の側で不思議と穏やかなものになっていました。

 母は最期に先生の治療を受けられ 且つ一番気になっていた不治の病で親不孝者の私に会えて、安心して旅立ったものと思います。

 気付いても愚図愚図して母のもとに行かなかった私、理屈なしの素直・直観行動の大事さを学びました。

先生の下で更に意識の向上を計りたいと思います。

先ずはお礼まで

乱筆お許しください。  

草々      熊本県  T・S