野島先生へ
こんばんは。
先生、いつもありがとうございます。先日(25日)も母を治療していただき本当にありがとうございました。今日は私がのじま医院と出会ってから今日までの事をお話したくてメールさせていただきたいと思います。
本当は6月の母の入院時に付き添ってから色々と自分の中で変化があったので退院後すぐにメールをしたいと思っていたのです。ですが書きたい事がたくさんあって何からお話すればよいのか悩んでいるうちに、また色んな出来事があって、これも書きたいという繰り返しで今日になってしまいました・・・。まずは、8月6日に初めて講演会に参加させていただきありがとうございました。姉夫婦と参加させていただいたのですが、とても幸せな気持ちになれました。
私はH16年の1月からたまに不整脈が出るようになったのですが、去年の10月福岡にでかけた際に症状(不整脈)が出てすごく怖くなってそれから電車でどこかにでかけたり、慣れない場所に行くのがすごく不安になっていたのでまずは、一人で八代から福岡まで電車に乗れた事がすごく嬉しかったです。不思議と行く前も大きな緊張や不安もなくて、講演会に参加できるのが楽しみだったので電車に乗ってからも穏やかな心で過ごす事ができました。
最初は好きな音楽をウォークマンで聴いていて途中から先生のCDを聞いていたのですが、「あ、今私は不安もなく電車に乗れてる!!」と実感した時に涙が出そうでした。とても嬉しかったし、ありがたかったです。またひとつ自信になりました!
そして翌朝岩国へ姉夫婦と向かい講演会に参加させていただきました。私達3人にとっては初めての講演会でしたが、先生の顔を見てお話を聞いているとすごく温かい気持ちになり幸せな気分になりました。ここでも、途中ちょっと涙が出そうになりました。
会場ではのじま医院で出会った方々とお話をしたりしたのですが、6月に会った時とは全然違うと言われました!!すごく元気そうとも言われました。 講演会終了後は本当に幸せで楽しい気持ちでいっぱいでした。錦帯橋も渡り景色を楽しんだり、橋の下の川原で川に足をつけたりしながら涼んでいたのですが、楽しさのあまり調子に乗ってしまった私は、お尻が少し濡れてしまい周りの人達からも笑われました(笑)
とにかくこの一年半位は遠出もできなかったので、小旅行気分が味わえて何もかもが楽しかったです。
私が初めてのじま医院に行ったのは、6月の母の入院の付き添いでした。実は今年に入ってからは母との関係があんまりよくない状態が続いていたので、付き添いも行きたくないとぎりぎりまで言っていました。というより、付き添うつもりでいたのですが、母に反発していたので素直に付き添うと言えなかったのです(苦笑)意地悪だったなぁと思います。
我が家は家族で信仰している神がいて、母以外はほとんど本も読まないしまじめに学ぶということはありませんでした。でも母の事は家族みんなで祈願していました。私も不整脈の症状が出始めて、初めて神の教えの本を読んで毎日20分程祈願をするようになったのですが、以前は母が私達にちゃんと学びなさい、お母さんの事をみんなで祈願してと言っていて私も毎日母が元気になるように祈願をしていました。本を読んで改めて、病気や不幸な事は自分の心のありかただという教えだったので、あー自分がこうなったのは今までの家族や人に対する言動・行動そして感謝の心が足りなかったからだなと気付いて、自分が悪かったと反省しました。それからは心を入れ替えなきゃと思って毎日神に対してざんげ・わび、感謝、祈願というようにまじめに手を合わせるようになったのです。(今は間違った道だったと分かりました)
ところが母がのじま医院に行きだして、急に宗教では救われないと言い出して祈願もしなくなり正直私はすごく戸惑いました。祈願をしなくなったらもっと悪い事が起こるんじゃないかという思いもありました。だから母が神から心を離すということがすごく不安にもなったのです。それに私達に神の教えをちゃんと学べといっていた本人が急に神から心を離すというので何それ!という怒りもありました。今年に入ってからはのじま会の方が母の話を聞いてくれようと我が家に来られるようになって私はそれが嫌で嫌で仕方がありませんでした。のじま会の方がくればくるほど、家族はばらばらになると感じていたし、何で呼ぶの!!と毎回私は母に怒りをぶつけてイライラしていましたし、私が呼ぶのを嫌だと言っているのに聞いてくれないので、のじま会の方がみえたときに自分の部屋で泣く事もあったし、母との関係は本当に悪化していました。家族よりのじま会の人達を大切にしていると思ってとても悲しかったです。子供みたいですね。本当に苦しかったし、母ともあんまり口をきかなくなりました。それでものじま会の方がみえたときは一応笑顔で挨拶したりお茶をだしたりしていたのですが完全に心に壁を作っていたので、相手にも伝わっていただろうなぁと今となっては反省しています。その時期は本当に私にとっても辛い時期だったし、私の態度で母にも辛い思いをさせたなぁ思います。普通の会話をしていて、野島医院関係の話になると話題をそらして避けていたしビデオやCDも自分の部屋で見てよ!と言っていました。本当に意地が悪かったです。 ですが、入院に付き添ってのじま医院に行き、私は色んな事を感じて考え方も変わっていきました。
入院当日、かなり久し振りに電車に乗りました。ちょっと緊張しましたが大きな不安もなく乗れました。のじま医院に到着した時は、母はすぐに他の患者さんの所に行って話していたので私は取り残されたような気分になって、これから一週間過ごすのがとても憂鬱になって父に愚痴を言っていました。孤独感を感じてすごく悲しくもなりました。でもそれも半日たてば、だんだんと周りの方とコミュニケーションがとれるようになってきてなじむことができました。すごく心が穏やかになっていったのです。私はいつも、信仰していた神のお守りを首からさげていたのですが、その日お風呂に入ってからあーつけなくてもいいかなっと思って自然とはずしました。それに以前は家から離れても心の中で祈願していたのですが、それもしなくなりました。その日から祈願もしなくなったし、野島先生を信じていけばいいんだと、信仰する事はなくなりました。あまりにもあっさりと心が離れたので自分でもびっくりしました。
そして翌日、不思議な事がありました。入院初日、なかなか寝付けなかったので翌日は午前中部屋のベッドに横になっていました。そうしているうちに浅い眠りについていたと思うのですが夢の中で野島先生が出てきてある患者さんに、「今からエネルギーを送りますからね」とおっしゃって次の瞬間私のお腹に光のようなものがボンッと勢いよくあたってカーッと熱くなったのです。すごい勢いだったので体がドンっと浮き上がるような感じがして目が覚めて、今のは何だったんだろうと思いながらも眠気に負けて再び眠ってしまいました(笑)起きてからもその感触は覚えていて母に、何だったんだろうと話しました。
そして3日目に周りの患者さんが、付き添いでも一度治療の申し込みをしてみたら?と言って下さったのがきっかけとなり、母と受付に行き香さんにお話をした際、母が亡くなったなった友人の事を話したので、びっくりして色々思い出したのか泣いてしまったんです。自分でもなんでその位で泣くんだろうと思ったのですが、悲しいだけの涙ではなくて、きっとその時点で心では先生を求めていたのかなぁと今となっては思います。母にもそう言われました。突然泣き出してしまって周りのみなさんをびっくりさせてしまって申し訳ないです・・・。香さんには本も読んだ事ないといいましたが、実は家に一人でいたときに意識に訴えるを読んだことがありました。難しくてよくわからない所は飛ばし読みをしましたが、読んだ事はあったのです。それで先生のおっしゃることがなんとなく分かるような気がしました。ただ私は素直じゃない性格だし反発していた母に読んだと言いたくなくて黙っていました。反発しているくせに、座椅子の背中に置いてある先生のサインが熱いと感じていてこれが先生のエネルギーなんだなぁと感じたりもしました。不安な時は指で心臓に先生の名前を書いたりもした事があります。子供みたいに反抗しているくせに、心では治療を受けたいなぁという気持ちもどこかにあったと思います。その後一度止まった涙も、何故か分からないのですがずっとじわじわっと出て止まらなくなってしまいまいました。そして本当に幸運な事に本来なら治療資格がない私でしたが、先生に治療をしていただく事ができました。本当にありがとうございました!!!!名前を呼ばれて診察台に横になった時にも、涙が止まらないんですよね。先生が私を治療して下さる時に「Kさんは眠れないの?」と、とっても優しい顔で話しかけていただいた瞬間、我慢していた涙が溢れてしまって子供のようにひっくひっく泣いてしまいました。あの時先生が、私が反発しながらここに付き添って来た事や治療資格がない事をご存知なのにこうして治療して下さるという優しさやそれに対する感謝の心。そして大きな安心感に包まれてホッとしたんだと思うんです。それと反発してきてごめんなさいという気持ちもありました。もう涙が止まらなくて治療中はずっと泣いていたと思います。そんな私に先生は優しくずっと話をして下さいました。私はなんて温かい先生なんだろうと感じましたし、本当に本当にありがたかったです。先生本当にありがとうございました。
治療を終えて診察室から出ると、周りの患者さんも良かったねーと喜んでくれました。私が付き添いで初めて来た時から私の事を見ていた患者さんにはすごく変わったよーっといわれました。あの反抗的な表情や受付で泣いている姿など、一部始終を見られていたんだと思うととても恥ずかしくなりました(苦笑)その日は泣き過ぎたせいか頭がガンガン痛かったのですが、よく眠れました。その日から心と体がすごく軽くなりました。母とも以前のように関係もよくなりました。早速、意識に訴えるを読み始め、今度はじっくり読みました。今まで間違った道を歩いていたんだなぁと感じたし、これから自分が歩む道が見えてきて、その入り口を見つけた気がしました!その後、のじま医院で過ごしていくうちに、私達はみーんな家族で先生は大きなお父さんというような感じがしました。
もともと私が不整脈の症状が出たのは、H16年の一月に亡くなった友人のお通夜に出た時が初めてでした。(のじま医院で一度は治ったMさんです。)病気の事はごく一部の友人しかしらず、私は闘病を知らなかったのですごく驚いたしショックもあったし信じられなかったので心が混乱して症状が出たのかなと思いました。死というものを身近に感じて怖くなったというのもあります。数年前にペットが死んだり、母が倒れたり、妹が卵巣脳腫の手術をした時にいつも私はそばにいたので、ここ数年は家族が病気になったりするのがすごく怖くなっていました。症状はその日がきっかけになって、すごくバタついた時や緊張した時、不安になった時や興奮した時などに、同じような症状が2.3ヶ月に一度位出るようになりましたが、症状が出る度に、不安が大きくなって、いつでるかわからないし外出する時も緊張するようになりました。以前に増して臆病になったし毎日不安がありました。このまま私は毎日毎日不安を抱えて取り越し苦労をして、将来に希望も持てないまま過ごしていくのかなぁと思うようにもなりました。でもきっかけはその日だったけど、心が汚かった私は遅かれ早かれそういう症状が出ていたんだと思います。私は周りに頼られる事が多かったのですが、他人にいい顔をして、優しくしているつもりでも、心では相手を許せなかったり妬んだり羨んだり嫌ったり、見返りを求めたり不平不満をため込んだりしていました。どこかで相手を見下していたり、自分の考えをを押し付けようとしていたなと思いました。また、自分に自信がなくて自己嫌悪に陥ることもたまにあったし周りの幸せをどこかで素直に喜べない自分もいて、そんな自分が嫌になったりもしました。そしてたまったイライラは家族にぶつける事が多かったです。とにかく心がとても汚かったです。だからこのような病気をしたんだなと思いました。
去年の11月から4月まで計12回カウンセリングにも通いました。カウンセラーの先生は母親世代のとても優しい先生で心を開く事もできて、毎回泣いていたように思います。こんな私を受け入れてくれる人がいると思うとすごく安心感がありました。カウンセリングに通いだしてずいぶん心が楽になって小さな事でも楽しむ事を大切にしようと思うようになったり、不整脈が出ても落ち込んでから立ち直りが早くなりました。でも結局は違う方向をを歩いていたし、症状も完全に取れる事はなかったです。そんな状況の中、母の付き添いという形でしたが、野島先生と出会う事が出来て本当に幸せだと思いました。希望が持てました。あんなに反発していた私がのじま先生や病院での事を楽しそうに話すのでその変化に家族も驚いていたと思います。母とも今では毎日のように野島先生の話をしています。
6月の退院後、のじま会で団体遠隔をはじめて受けさせていただいたのですが、その時に何でもいいから自己紹介と話をしてほしいと言われて、行く前から緊張してドキドキして会場に着いてから不整脈が出た時は、これくらいで緊張して症状でてどうするんだとすごく落ちこみましたが、それからは症状は出ていません。
その後7/8日に29歳の誕生日を迎えたその日にのじま医院に遊びに行くと決めていて父が付いてくることになり、2人で遊びに行きました。誕生日にのじま医院に行って、数日前までちょっとイライラしていた私ですが、すごく幸せになりましたし、それからは体調もよくて以前に比べたら穏やかな心で過ごせるようになりました。
7/16日には大阪講演の中継を野島医院で見る事が出来ると聞いて、妹と2人で行きました。本当なら妹も岩国にいく予定だったのですが、仕事をどうしても休む事が出来なくて行けなくなったので、こうしてのじま医院で生で大阪講演会のお話を聞けてよかったです。妹とのじま医院に行けた事もとても嬉しかったです。そして無事に岩国にも行くこともできましたし、8月8日には母と共に治療をしていただけて本当に幸せです。ありがとうございました。
そんな私ですが、今でもイラついてしまったり心を汚してしまったり毎日反省すべき事がたくさんです。自分が変わらなきゃ、自分がまず幸せになろう!と思うのですが、気持ちにゆとりがなくなるとイライラしてひとりカリカリする事もあります。心を汚したなぁと思う時は心臓がトックンとする事もあります。(長い不整脈はありません)その度に反省です・・・。母が具合が悪そうにしているのを見るとちょっと辛いですが、母の幸せ家族の幸せを毎日祈っています。
全てはつながっていて全てはひとつなんですよね。そういう意識を持てるようになって全てを許せるようになって、素直に先生のほうを向けるようになりたいです。成長するのに時間がかかってしまうと思いますが、心を汚さないように、成長していけるように心がけていきたいと思います。このような私ですがどうぞよろしくお願いいたします。
文章力がなくて、まとめる事ができず、だらだら長文になってしまい申し訳ありません!!!野島先生と出会えて、本当に本当に幸せです。ありがとうございました。
※ 明日からまた母が入院させていただくので、私も一週間付き添います。 私自身も大切に過ごしたいと思います。