岡山県 K・Kさんからのお手紙
野島先生へ
以前から、ずっと心にひっかかり、聞いてみたかった質問、疑問です。 心が豊かな人、先生の方へ向いている人がお金に困る事はない、お金は必ずついてまわると先生は言われていますが、先生は、どうして経営の経済的理由として入院をあげられるのですか? 先生は私達より、ずっとずっとお金がついて回る事を実体験として充分知っておられるし、私達より、ずっとずっと心が豊かだから、お金に困る事はないのに・・・。 実際、有り余る程持っていらっしゃる感じがするし、いつでも稼ぐ事の出来る力も、すごいエネルギーも、持ってらしゃるのに。
以前、お手紙にも記しましたが、私は9月、10月の野島医院の転換点の頃に、強い切迫感、生きてゆけないという恐怖感、一気に現実の世界(世俗)におとされ、現実の視点で世の中を見る、見なければならないという事態に追い込まれ、一時期、酷いプレッシャーと衝撃で倒れてしまいました。 (全く先生の教えとは真逆で、先生を信じていた私は、一体これがどういう事なのか、わけがわからなくなった。 いったん、今までのことを否定しなければならなくなった。) あの出来事が何だったのか、気になっているんです。 先生を信じるという一還性の中、私の状態は一気に様がわりしてしまった。 あの後より賢島の忘年会で、死亡宣告されているような気持ちになったり、幸せで楽しい気持ちとは程遠い状態であった事。 忘年会後、とても前向きな導きで、入院前までの間アルバイトをしようと決め、よい行動だと思いきや、仕事前日の夜から、今までサインを敷くと直っていた時計が敷いても敷いても直らなくなってしまった事。
アルバイト中、先生からの「楽しいことしかしないように。」の言葉が、私に混乱をもたらした事。
入院前、仕事中私は先生を思うと体が温かくなっていた、母が痛いといっている足の患部を私が触って、祈っていると、途中から体が温かくなって、患部にあてている手の平が、ズキズキ痛み出した。(母も同時にズキズキしていたらしい。)
入院後、先生を思っても、特別に温かくなるのを、感じにくい事(逆に感じるのです。)すぐ、母に会って母を触って祈ったのだけれど、特別、何も感じにくい。
・・・どうして?なにか、あべこべのような気がして、気になってしまっているのです。 先生は、もう御存知かもしれないけれど、「マイナスの源光原点でつくられたものは、残ってしまう。 刈り取る以外にない。」という事を、おっしゃられている。
何か、不安な感じが残り、もし、私がそれを知る必要があるならば、教えて欲しいのです。 (知らないと危険ならば。) 自分の存在が、不安。 でも、入院の時、先生なようにおっしゃられてたから、考えなくても、いいのかなぁ?? 不安に思う必要はない・・・?
ごめんなさい。 長々と。 有難うございました。 入院中、本当に先生有難うございました。
(乱筆乱文、お許し下さい。)
K・K