兵庫県 C・Oさんからのお手紙 

 兵庫県 C・Oさんからのお手紙

「今の状態を文章にするといいですよ」
治療の後、先生がにこやかなお顔で、そうおっしゃいました。

 今回は、これまでと異なる期待と不安を持って、治療に臨みました。
 一昨年10月に尼崎みらい治療院がスタートした頃から、訳もわからず体ごと掴まれて、ぐいぐい揺さぶられているような、そんな感じを抱いてきました。特にここ1、2か月は、それが激しかったように思います。私は、振り落とされないように、ただしがみついているような気分でした。
 そんな中、この間の尼崎の状態に対して「尼崎を潰そうと考えているんですよ」と、先生がおっしゃったことは、治療院全体に大きな衝撃を与えました。
 私はその後、その衝撃から抜けられず、気持が沈んだままでした。ただ、このことは、私たちの誰もが抱えている問題なんだ、ということだけは、はっきり感じていました。
 そして今まで、治療してちょうだい、ちょうだい、と受け身で求めるばかりだった私たちの姿勢が、このような状況を作り上げることを、一方では促していたのではないかとも思いました。先生以下はみな同じで、それぞれの役割があるのだということを、私たちが見失っていたように思いました。
 今回は、そんな中での治療でした。

 私は、ベッドに横になり、最近気になった私と宗教の関係を、恐る恐るお尋ねしました。というのは、20年以上前に受洗していたからです。でも、受洗は、私にとって人生の一つの選択であっただけで、最後まで神やキリストを信じることはなかったと考えていましたので、宗教との関わりは無視していたのです。でも、先生は、
「残っているでしょうねぇ」とおっしゃいました。
その時、私たちの過去世だけでなく、現世のマイナスをも消していかなければならない先生の御苦労を思いました。
 今回は治療の途中から、何度かフーチを使われました。そして、
「今、人に触ったら、慢心が出ます」と独り言のようにおっしゃいました。
 私は驚き「それは困ります」と内心思いました。先生は「まだ続けます」とおっしゃり、エネルギーを入れ続けて下さいました。
 お腹、胸、腕、脚が温かくなったかを確認されていきました。待っている間から、上半身は温かく感じていましたが、脚はなかなか温かく感じられませんでした。ですが、治療が進むにつれ、膝のあたりまでは温かく感じるようになりました。
 踵、指先を問われましたが、そこはなかなか温かくなりませんでした。温かくなったんだろうか、どうなんだ?と考え考え、途中、
「温かくなったような気がします」と申し上げたところ、
「ような気がする、ではだめです」ときっぱりおっしゃいました。
 そのうち、踵から先が袋のようなものに包まれた感覚が出て、冷たさが消え、ぼわーんとしたので「温かくなりました」とお伝えしました。
 治療を終えて起き上った時、周囲がパーッと明るくなり、透明感が増したように感じました。先生が、
「体が軽くなったでしょ。それが奇跡になった状態です。そうなると、どうも重力を受けないみたいです」とおっしゃいました。
 診察室を出て、試しに階段を降りてみました。足元がおぼつかない感じがして、すこしふわふわしたような感じがありました。2階の待合室に戻り、快い脱力感が続きました。長い間頸と肩に貼り付いていた固い甲羅のようなものが取れ、こりと痛みはなくなり、頸と肩は治療後一週間以上たった今でもよい状態が続いています。
 しかし、何よりも驚き戸惑った変化は、夫に対する否定的な思いが消えたことでした。私は常に、夫の何気ない言動に反応し、イライラを募らせていました。20年以上も前からです。原因はわかっていました。

 私の両親は、毎日といわず、顔を合わせれば互いに責め合い、けんかを繰り返していました。私は、将来自分は決してこんな家庭をつくらないぞ、子どもを不幸にしないぞ、という決意を、繰返し繰返し自分の中に叩き込んでいたように思います。どんな時も家族がにこにこ笑って食卓を囲んでいるというイメージが、理想の家族像として私の中に描かれ、それは確固たる信念のようなものになっていきました。
ところがいざ結婚してみると、実際は私が描いていた理想の家庭とは程遠い形になっていきました。特に子供が生まれてからは、理想と現実との食い違いに歯ぎしりするほど悔しい思いをし、その結果、夫を責めまくり、イライラしっぱなしでした。
そうなると、夫に対して次第に、もういいわぁ、としゃべるのを止めてしまうようになりました。その原因は、私の訴えをまともに受け留めようとしない夫にあると考え、被害者になって苦しみました。
 
 そうではないことに気付き始めたのは、昨年秋、家族3人が治療していただいた時の先生の問いかけがきっかけでした。
「Oさん達は何をそんなに信じているんですかねぇ」
 更に先生は嬉しそうに笑いながら「すごいですよ」と一言おっしゃいました。
 続けて、「すごい硬いですよ」とおっしゃいました。
あれーっ、4年近くもエネルギーをいただいているのに、まだそんなこと?と、スタートラインに引き戻されたような気分に陥りました。
 でも、時間が経過するにつれ、家族を硬くしているのは私かも、といった予感を抱くようになったのです。

 最近になって香さんから「人と違ったところが硬い」と言われました。
それは例えば、他の人が「何で?」と思うようなところで怒っている、ということらしいのです。この指摘が、前述の先生の問いかけと繋がり、過去の自分の姿が浮かび上がってきました。
 先生の治療以来、私の一方的な思いや信念が自分を縛り、夫を縛り、子どもたちを縛っていたことに気付き始めてはいましたが、それが確信となりました。
とどめは、長男に「そのヒステリーがこの家をめちゃめちゃにした」と言われたことです。そんなことはほとんど口にしたことのない長男の、思いがけない言葉でした。でも、「ああ、やっぱりなぁ」と思い、案外冷静に受け止めることが出来ました。先生からの言葉だと思いました。私が両親から与えられた苦しさを、今度は私が子供たちに与えていたのでした。
それでも夫を許すというところまでには至らず、取り留めのないイライラ感は収まりませんでした。現に夫の言ったことに反応して、キツイ言葉を浴びせかけている私がいました。

しかし、治療の後、気がついたら、20年以上かけて凝り固まった不信と恨みは、そう劇的でもなく、静かに消えてしまったように思えました。もちろん、まだ時々怒りは出ますが、後を引かなくなりました。
以前は、嫌だと感じる夫の言動から、夫そのもの、人格全てを許せないと感じていましたが、今は言動に対して嫌だと感じても、それはそこで終わり、すぐ気持ちを切り替えられるようになりました。夫の人格を否定するような感情は生まれていないように思います。
 絶対しゃべるもんか、絶対許さないぞ、とがんじがらめに縛っていた自分と夫のことを認め、許すことができたのでしょうか?それも瞬時のうちに?もしそうだとしたらこんなことは、先生が指摘されているとおり、これまで人間が追求してやまなかったどんな宗教、哲学、心理学、精神医学などをもってしても、絶対に不可能なことだと思います。
 私は今回の体験から、人間の力では肝心なことは解決できない、ということを思いました。人の思考、努力は、いかほどのものでもないのです。
さらに、私の先生に対する思いは、うまく表現できませんが、以前よりずっと身近に、尚且つありがたく感じるようになりました。私たちは、先生によってしか救われないと、今更ながらはっきり思えるようになりました。
 2月24日の瞑想の後のお話の中で、冗談めかして軽く笑い「私の苦労も分かって下さいよ」とおっしゃっていましたが、本当に先生は、人間としての身を挺して、力を尽くし切って、エネルギーを与え、私たちを引き上げようとして下さっているのだと感じました。その結果、皆いつか、一丁あがり!になるのでしょうか。それほど、先生の力は強くて優しいです。

 このような先生のお気持ちに応え、私もこれからできることをしていきたいと考えていますが、それぞれその時があり、生かされる場所があると思います。自然にその時、その場所が与えられるのを待ちたいです。
 なにも悩まなくてもいいんだよ、単純にシンプルに生きていいんだよ、みんな幸せに生きられるんだよ、ということを伝えていきたいと思います。そして、消滅する人がいなくなることを願っています。

 これからも、途切れることなく先生のエネルギーをいただきながら、単純に、単純に生きていきたいと思います。私たちにできることは、それぐらいです。
 そして、いつかは先生の許に帰りたいと思います。2月25日の瞑想の後、笑いながら。
「皆さんは私のところに帰ってこられます」とおっしゃってくださいました。大きな喜びと感動でした。
 野島先生、ありがとうございます。


2008年3月3日
兵庫県 C.O