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1942年、中国張家口で生まれる。
終戦による引き上げ後は、天草と鹿児島で育ち、1968年、鹿児島大学医学部卒業。
実社会での最初の医療活動は、外科医として代々木病院(東京)で始まる。6年後には鹿児島に戻り、医療生協病院の設立でリーダー役を務め、同病院の初代院長に就任。
生協病院の拡大発展とともに公務多大となり、理想とする医療から離れていったため院長を退き、実父が開業していた出水市ののじま医院(医療法人の登記名は野島医院)を継ぐ。
そこで「患者のための医療を」という理想の現実に努めているうちに、自然食とエネルギー療法を習得するとともに、あらゆる病気や症状に対応するようになる。
とくに、患者の意識を変えることによって「自分が作った病気は自分で治す」との新しい境地を開き、新たな療法として「源光療法」の確立、普及に尽力している。 |